KA.Blog

株式市場で気になる銘柄をピックアップして分析、検証していきます。主に中期~長期の投資で成果を上げ、値動きを追っていく予定です。株の他にも日常の話題やコーナーで綴っていき、むさくるしくない(?)ブログにしていきたいと思っています。

父帰る(後編)

(10/14からの続きです。)夕食時、父が「すき焼きを食べたい」とリクエストしたため、久しぶりの家族3人で鍋を囲んですき焼きを作りました。父は更に「ビールが飲みたい」とのこと。本当は許可が要るのかも知れませんが、「コップに半分」という約束でビールを父に与えました。父は愛おしそうにビールを飲むとすぐに顔が真っ赤になりました。しばらくの禁酒生活解禁に身体が反応したのでしょう。

実はこのビール、賞味期限がとっくに過ぎていました。というのも父が健康な時に買いだめをしておいたのですが、母は酒を飲まないために父が入院すると誰もビールに手をつけないので、1ケース丸々賞味期限切れとなってしまったのでした。私が帰省の度にチョコチョコ飲んでいましたがそれでもまだ残っています。母も新しいビールを買ってきて「どうせならこっちを飲んだら?」と勧めましたが、父は「いや、期限切れので良い」と言ってそちらを飲みました。賞味期限が切れたビールでも「あー美味しい」といって満足げに、そしてもう少し欲しそうにビールの缶を振っていました。しかしあまり飲ませるのも宜しくないので、残りは私が没収し飲み干しました。父はまた空になった缶を愛おしそうに振っていました。

夕食後、近所の父の飲み友達が家に集まって来てワイワイ話をしていました。「早く歩けるようになって家に戻って来いよ」「また一緒に飲みに行こう」と励まされていました。父の交友関係はあまり目にすることがなかったので、一時期父には友達と言える人が一人も居ないのではないかと思った時期もありましたが、こんな光景を見て安心しました。これだけ応援してくれる人達が居れば、父のリハビリのモチベーションにもなるでしょう。父も楽しそうに話しており、ここに来て父の見たことのない一面を見ました。

見たことのない一面といえば、今回の帰省で一番印象的だった一面があります。父の周りに居ると皆でアレコレ他愛もない質問をします。それは暇つぶしでもあり、会話させることにより父の脳に刺激を与える作業でもあります。「歩けるようになったらどこに行きたい?」「首相が代わったの知ってる?」等々。そんな中、孫である姪が「ばあちゃん先に死んだら寂しい?」と聞くと「寂しい」と応えたのです。うちの父は頑固だし、恥ずかしがり屋だし、今までだったら絶対に「そんなことない」と言ったり、はぐらかしたりして返していたのに。おー、父ちゃんも素直になったなーと思う反面、少し弱気になってきているのかなーとも思いました。

そんなこんなで2日目。昨日と同じようにリハビリと称して父を抱きかかえ少しでも自分の力で立たせる練習。2分もすると足が震え急に力が抜け、ベッドに転がり落ちます。でも「よし、もう一回やってみるぞ」と自分から進んでやる気を出すようになりました。やはり今回の一時帰宅が多少なりともモチベーションを高めるきっかけにはなったようです。これがどの位続くかはわかりませんが、私はそれだけで十分今回わざわざ東京から帰ってきて、父を家に連れてきた甲斐があったと思いました。

3日目は私が帰省する日でもあったため、施設に戻ることになりました。施設に戻った父は家に帰った事により多少リフレッシュされたのか、帰省して初日に会った時よりは元気に車イスを動かして食堂に向かっていきました。父とはそこで別れ私は東京へと戻りました。

施設は施設なりに入居者の方も良い人で、職員の方も勿論良い方ばかりなのですが、個人的にいつまでもこんなところに置いておけないなと思いました。ただ一方で私にも仕事があり、24時間付きっきりで父の傍に居られない以上、母にばかり負担をかけることになり、簡単に今の状況から濡抜け出す事ができないのが実情です。母も「自分に力(現実的に父の身体を支える)があれば、父ちゃんが死ぬまで介護する覚悟はできている」と言っていますが、現実的には64歳の女性の身体で父の身体を一日中支え続けるのは無理があります。

とりあえず父にはもう少し自分で動けるようになってもらう必要があります。もう少し動けるようになれば母の負担も減り、在宅介護ということで風呂だけはデイサービスを頼むという形も取れるでしょう。私たち家族は多くは求めません。せめて自分で車イスに乗り、自分でトイレに行けるようにさえなってくれれば、それだけで十分だと思っています。身体機能に異常があるわけではないので、後は父の頑張りに期待するだけです。

時々夢で父が立ち上がって歩いている夢を見ます。母も見たと言います。姉も孫も見たと言います。今回の父の不都合で唯一良かったのは父を取り巻く環境が非常に優しい事が確認できたことです。少なくとも今の所誰も父を見捨ててはいない事です。正直、病院でも施設でも父と同じ部屋に居た老人の家族はほとんど姿を見せません。毎日誰かが姿を現すのはうちの父のところだけです。なので周りの方々に随分羨ましがられているそうです。言ってしまえば私が一番疎遠なわけです。

私はそれに負い目を感じています。長男でありながら、父を感じないところで一人のほほんと生活しているわけです。母や姉は「あなたの人生があるんだから、あなたは無理する事はない」と言ってはくれています。それだけに余計何とかできないものかと思うのです。

今年ももう残り2ヶ月と少しになりました。総括するには早いですが、今年は私の人生でも最も悪い年になりました。勿論父にとっても最悪の年です。丸々1年ベッドの上で過ごす事になるのですから。来年はどうなるのか。人間希望がないと生きられないですが、父も私も来年こそはと希望を持って迎えたいものだと思います。