KA.Blog

株式市場で気になる銘柄をピックアップして分析、検証していきます。主に中期~長期の投資で成果を上げ、値動きを追っていく予定です。株の他にも日常の話題やコーナーで綴っていき、むさくるしくない(?)ブログにしていきたいと思っています。

カラスは山に

父の入っている施設の周りは田んぼや畑が並び、のどかな田園風景なのですが、やはりカラスの数が半端じゃありません。私には特に害がないのですが、農作物の被害は大きいのでしょうね。しかしカラスの多い施設というのもどうかと思いますが(・・;)

そんなカラスの寝床は数km離れた市の大きな公園にあり、夕暮れ時になると全てのカラスが一斉にそこを目指して飛んで行きます。それは壮観でもありますが、少し不気味な光景でもあります(・・;)

ところで先月台風が近づいた時、ものすごい強風だったのですが、父の部屋から外を見ると風に押し戻されるカラス達の姿がありました。一生懸命寝床に帰ろうと羽ばたくのですが、風に飛ばされてなかなか思うように進めない。人間を小馬鹿にしたように悪さをする奴らですが、案外憎めないところもあるんだなーと少し微笑ましくさえありました。当人達は必死でしょうけどね(;^_^A

さて、今日は日曜の小説の日です。本日は全三話の最終話でもあります。前回までの分は先々週、先週の日曜のブログを確認してください。来週の日曜に後書きを書きます。


                      カラス

妻はとっさに身構えた。ひょっとしたら殺される覚悟を決めたのかも知れない。怒りと怯えが半分ずつ混ざり合った目で私を睨み付ける。私も負けじと睨み返した。妻は半歩後ずさりし、洗面所の扉に手をかけ逃げ出そうと試みたが、ここでも私の手が一瞬早かった。すかさず回り込んで退路を断った。

お互いの荒れた呼吸、その後しばらくの沈黙。妻の目には私がネズミを追いつめて弄ぶ猫のように映ったのではないだろうか。しかし私はそんな彼女の期待を裏切る事に成功したようだ。私は妻の視線の先でふいに包丁を投げ捨てた。妻の表情が怒りから驚きに変わった。そして妻の意外な表情と強ばったままの身体を一気に抱き寄せ、そのまま口づけした。妻は度重なる不意打ちに血走った目を見開き硬直したままだったが、やがて全身から力が抜けたように柔らかく、そして目を閉じた。震えた。その目からは涙がこぼれ落ち、私の頬に移り伝った。私たちはそのまま動かなかった。3分程度だったか。しかし実際には無限に続くかと思えた。

ようやく離れた唇から
「すまなかった」
と私は一言謝った。
「・・・何故?どうしてあなたが謝るの?」
妻は震えた声でいぶかしむ。
「私があなたを殺そうとしたのよ!?」
「お前の気持ちに気付いてやられる程、私には余裕がなかったんだ。今まですまなかった」
「・・・聞かないの?」
「何を?」
「何故私があなたを殺そうとしたか・・・よ」

私はそれに沈黙で応えた。妻も黙ってうつむいたままだった。それ以上我々は言葉を交わす必要を感じなかった。
「ほら」
やがて私は妻に背を向け、おんぶの格好をした。
「乗れよ」
今度は何をしだすかと思ったに違いない。妻を背負う事で、その妻の過ちも全て受け入れるという事を体現したかったのかも知れない。妻はわかってくれたようだった。小さく照れたように頷き、ゆっくりと私の背中に乗った。

肩越しに見る妻の横顔は久しぶりの笑顔で満ちあふれていた。私達は照れたように笑いあった。ここ3ヶ月間のわだかまりが氷解したように見えた。

私達はそのままリビングへと移動し窓の方を見た。窓の外は高層マンション20階の部屋に相応しい景色が見えるはずだったが、最近建設中のK=Aタワーとかいう36階建てのビルの影響で、やや景観が悪くなっていた。

私は妻を背負ったままベランダに出た。外の風はやや強く、私達は少し眼を細めた。
「重くない?」
妻が私に問いかけた。
「ちょっと太っただろう?少し重いな」
「やだぁ。それなら早く降ろして」
私達は照れた感じで笑い合った。こんな感じ何年ぶりだろう?付き合い始めた当初を思い出していた。

ベランダの手すりに妻のお尻が半分程度乗るような形で座らせると、私の首にからみついていた手をゆっくりほどき妻を解放した。私が振り返ると、妻は首を傾け風を感じながら微笑んでいた。

数分間のやりとりの中で、これで一体何度目の不意打ちであろう?しかしこれが最も強烈で、まさに不意打ちと呼ぶに相応しかった。

私はそのまま両手で勢いよく妻をベランダから付き落とした。

妻は突然のあまり声も出なかったのであろう。「何故?」といった表情をたたえたまま悲鳴も上げず、ただ頭からまっすぐに、数秒後にはマンションに隣接された駐車場の地面に大きな音を立てて衝突した。

休日の朝の出来事であったから、マンションの傍を歩いている人もいなかった。目撃者もいないだろう。やがて音に気付いて様子を見に出てきた近隣住民が騒ぎ立てるに違いない。もっとも都会では隣人が何をやっていようと干渉しないのがマナーだ。案外騒ぎになるまで時間がかかるかも知れない。少なくとも今のところはまだ静かな、いつもの休日の朝だった。

包丁を使って刺せば証拠が残る。手すりの上から付き落としたのであれば争った形跡も残らない。最近の妻の様子を知る者には、ノイローゼ気味であったと証言してもらえるだろう。計画は予定より少し異なったが、まあいい。さて、啓介が起きてくる前に髭でも剃ろうか。それから・・・

肌寒い外から部屋に戻って窓を閉めようとしたその時、カラスが一羽どこからともなくやって来て、丁度さっき妻を座らせた手すりの辺りに止まった。それに続いてもう一羽、そして一回り身体の小さいカラスも一羽やってきて三羽揃って止まった。親子だろうか?今までベランダにカラスがやって来たことなんてないのに。警戒心の強いカラスがこんなところに止まるはずがないのに。そしてよく通る鳴き声で「カァー!」と鳴いた。

カラスが鳴くと死人が出る、なんて子供の頃よく聞いた話だ。もし本当にそうなら人類はとっくの昔に絶滅している。それにしても死んでからやって来るなんて間抜けなカラスだ。

その瞬間、腰の辺りに鋭い痛みを感じた。息が詰まった。熱を帯びたように熱い腰に両手をやりつつ振り返り視線を落とすと、包丁を握りしめた啓介の手が血で真っ赤に染まっていた。啓介は癇癪を起こしたように奇声を上げながら私をめがけて何度も何度も突き刺した。突き刺される度に弾けるような痛みに襲われたが、次第に痛みを感じなくなってきつつもあった。おかしなものだ。

しかし何故啓介が私を!?

啓介も気付いていたのだ。私の殺意に。私が啓介を殺そうとした理由、それもあの犬と変わらない。妻は私よりも啓介が大事だ。それが気に入らなかった。妻を私の中であの頃の姿のまま永遠に封じ込めた後は啓介の番だった。本来は先に啓介を殺すつもりだったのだが。妻が啓介を殺害し、その後罪悪感に苛まれ自殺した、というシナリオは完璧なはずだったのに・・・。妻の殺気に気付いていながら啓介の殺気にまで気付けなかったのは本当にうかつだった。

カラスが私を見つめてもう一度大きく鳴いた。それはまるで死の世界へと誘う水先案内人の号令のように響いた。

狡猾と言われるカラスの世界でさえ、このような愛憎劇とは無縁ではないだろうか。カラスの親子は三羽揃って一連の光景を哀れむような目で見守っていた。

傷口から流れ落ち、床に溜まった血の色は、案外カラスの黒に負けない程ドス黒かった。次第に下半身が重く感じ、床に崩れ落ちる私の耳に最後に届いたのはカラスが飛び去る音だけだった。〈了〉