KA.Blog

株式市場で気になる銘柄をピックアップして分析、検証していきます。主に中期~長期の投資で成果を上げ、値動きを追っていく予定です。株の他にも日常の話題やコーナーで綴っていき、むさくるしくない(?)ブログにしていきたいと思っています。

父との別れ その9

父の話の続きです。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/joeshow/KA.Blog/20161016.html


9ヶ月前に歩けなくなって以降、急速に父は衰えてきました。そして結局昨年車いすの父を乗せて五箇山に行ったのが、最後の家族旅行となりました。

まだ今年の寒い時期に、父に何か楽しみを持たせようと母が「今度どこに行きたい?」と聞くと父は「五箇山」と。「え、去年行ったばかりなのに?」と聞き返すと「うん」と。ただ理由に関しては聞き返しても、残念ながら発音がハッキリしないのでよくわかりませんでした。

私は「北陸新幹線は乗りたくない?」と聞きましたが、「別に乗りたくない」という返答。電車好きの父だったのに意外な回答でした。何か遠慮していたのかも知れません。父と数年前に北陸新幹線が出来る前、加賀温泉に旅行に行ったのが最後の電車旅行。その時に車いすで移動したのが大変だったと感じたのでしょうか。

「PTEG」の処置をして首に管を通してしまうと、もう外出はできません。こうなるならば、春にもう一度五箇山に行っておけば良かった。結局父は肺炎こそ治ったものの、もう食事をとることはできず、車いすに移乗することも無くなり、遂に完全な寝たきり状態になってしまいました。一時少し回復を見せて「これなら多少は良くなって、少しは食べられるようになるかも」と思った淡い期待は瞬間的に打ち砕かれました。

そうして「PTEG」の処置がなされました。処置自体は1時間もかからないそうで、万一のことがあった時のための同意書はいつもながら書かされましたが、そんなに難しいものではないとのこと。なので術中の家族の立ち会いすら不要でした。

それから数日して、父の容態は相変わらずでしたが、顔色は少しずつ良くなってきていました。やはり今までの点滴での栄養摂取よりは、効率的にカロリーを採ることができるようです。

ある時私が見舞いに行くと、父は目を開けており、相変わらず「あー」としか聞こえない返事しかできませんが、比較的調子が良さそうでした。

恐らく「母ちゃんは?」と私に尋ねているのだろうと思いました。と言うのも、前の施設にいた頃、私と母のどちらかだけが顔を出すと、必ず第一声は「もう一人は?」と聞いていたので。

私は「母ちゃん午前中に見舞いに来たやろ?」と聞くと「おー」と返事をしました。「父ちゃんベッドの上ですることなくて暇け?」と尋ねると「おー」とまた返事をしました。その日、私は地元にやってきたプロ野球の試合を観に行く予定だったので「じゃ、また来るわ」と言って病室を跡にしました。結局、私が父とコミュニケーションを取れたのは、これが最後でした。(つづく)