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KA.Blog

株式市場で気になる銘柄をピックアップして分析、検証していきます。主に中期~長期の投資で成果を上げ、値動きを追っていく予定です。株の他にも日常の話題やコーナーで綴っていき、むさくるしくない(?)ブログにしていきたいと思っています。

父との別れ 完結編

父の話の続きです。
http://www.ric.hi-ho.ne.jp/joeshow/KA.Blog/20161222.html


その日の夜。いわゆる「寝ずの番」で母や姉などと交代でロウソクの火を守っていました。丁度リオオリンピックの時期だったので、深夜でも中継があり、興味の無い種目でもボーッと眺めていました。ただ、最近のロウソクはハイテク(?)なので、24時間消えないんですね。なのでその意味では寝ずに起きている必要が無いのかも知れません。

前日も未明に起こされ、二日間続けて寝ずの番は体力的にきついので、喪主である私の権限で二日目以降は普通に寝ることに。私は父の隣に布団を引いて寝ました。やはり身内の遺体であれば、特に気にはならないと言いますか。

そしてお通夜当日。朝にはお通夜で受け付けを手伝ってもらう町内の方へ挨拶回りを行い、喪服を用意をして準備を整えました。

朝にはいわゆる「おくりびと」がやってきました。40代くらいの女性の方と、20代くらいの男性の二人組。厳かに挨拶を終えると、仏間に衝立をしてしばらく身内からの視線を遮り、支度を整えます。大きな簡易ユニットバスのようなものが運ばれ、外の給水車からお湯を注ぎ込みます。一通り準備が済むと「宜しければお見届けください」ということで、一人衝立の中に入りました。

中に入るとその簡易ユニットバスの上に父の遺体が横たえられていました。父の肌などは死装束で隠すようにして、中に手を入れながら手際良く丁寧に洗っていきます。私は改めて大変な仕事だなと感心しながら眺めていました。

やがて一通り洗い終わると「喪主様もお体を拭いてさしあげてください」と言われ、部分的にほとんど形だけですが、タオルで父の身体を拭きました。それが終わると髭などを剃り、死に化粧を施す段になると「また外でしばらくお待ちください」と言われ、外に出ました。

一通り終わり、衝立が外されると、再度キレイな布団に寝かされ、旅立ちの準備が整った父が姿を見せました。

それから夕方となり、通夜の時間が近づいてきて、また葬儀屋さんがやってきて、今度は父は棺に納められます。喪主は手を出さないということで、親族の男性数人が加わって遺体を棺に納めると、それから葬儀屋さんが用意したワゴン車に父の棺を乗せました。そしてワゴン車の助手席に座ると、葬儀場までの道中、葬儀屋さんから通夜に関する様々なレクチャーを受けました。

それから、通夜、翌日の葬式、火葬、初七日まで一通り終えましたが、しばらく父が居なくなった実感はありませんでした。元々父は家に居ませんでしたから、そういう違和感は感じなかったのだと思います。父が施設に入って、私が富山に戻ってからの8年間、毎週土曜に父の施設に行くのが日課でしたが、土曜を通過する度に段々と実感も沸いてきました。そして現在に至ります。


-最初に父が危篤と伝えられ、以降父の意識が無くなった8月5日。父の耳元で「やっと孫が出来たよ」と報告した時、わずかに父の目が動いたような気がしました。それから2週間生き長らえたのも、喜びや希望を感じ取ってくれたからではなかったか。ですから、私は父にはちゃんと初内孫懐妊の報は届いたと思っています。(完)