KA.Blog

株式市場で気になる銘柄をピックアップして分析、検証していきます。主に中期~長期の投資で成果を上げ、値動きを追っていく予定です。株の他にも日常の話題やコーナーで綴っていき、むさくるしくない(?)ブログにしていきたいと思っています。

忘れた頃に

ご存知ない方も多いかと思いますが、密かに日曜は小説の日と銘打っておりまして、年に2、3本自作の小説を載せています。今日はそんな忘れた頃にやってくる小説の日です。最近身の回りがバタバタしておりましたのでなかなか書き溜められなかったのですが、ようやく完成に至りました。

えー、今回の作品は全3回の短編で、サスペンス風味に仕上がっております。とりあえず前フリはこの辺にして作品をご覧下さい。タイトルは「カラス」です。最後までお付き合いいただければと思います。


                     カラス

妻が私を殺そうとしていた理由がようやくわかった。うかつにもそれに気付いたのはまさに妻が私を殺そうとしている直前、すなわち朝起きてから洗面所でパジャマ姿のまま寝ぼけ眼の私が歯を磨いている時だった。妻の左手に握られていた包丁が鈍く光り鏡台越しに反射した。いや、実際には鏡に逆に映っていたのだから右手に持っていたのだろう。普通わざわざ利き手でない方で包丁を持とうとはしない。今冷静に思い返してみるとそうだったのだろう。

以前から妻の様子はおかしかった。私に対して敵意以上のものを持っているように見えた。想像してみて欲しい。家族が自分を殺そうとしている事を。想像できるだろうか?想像した事はあるだろうか?私も今までそんな事を考えた事もなかったし、これから先も考える事はないはずだった。

以前と言ってももうかれこれ3ヶ月近く経つのではないだろうか。妻の殺意を感じながらもそれでも同じ屋根の下で生活できたのは、それが確信にまで至らなかったからだ。単に私の猜疑心が強過ぎるだけなのかも知れない。そう自分に言い聞かせた。そして普通はそう思い込もうとするものだ。

しかしこの3ヶ月間心休まる暇はなかった。食事に何か入ってやしないか、作る段階で何か入れてないか。彼女が台所に立っている間中、絶えず気になっていた。新聞やテレビを見ているフリをしながらも必ず横目でその様子を伺っていた。「手伝おうか?」そう言って相手の懐に飛び込んでしまおうとも試みた。しかし妻が包丁を持ったままこちらに振り返り「結構です」と強い口調と強い視線で言えば、夫がどんなに強い格闘家であったとしても怯むであろう。

何故私に殺意を?その理由を幾度となく考えていた。女性が男性に対して殺意を抱く理由。その最たるものは「浮気」だろう。しかし私は浮気なぞしたことがないし、考えた事すらない。嘘だと思われるかも知れないが断じてない。というのも、私は妻を世界中の誰よりも愛しているからだ。妻以外の女性に魅力を感じない。ドラマの女優や雑誌を彩るグラビアアイドルを見ても何とも思わない。外見で妻に勝る人間はごまんと居るだろうが、内面的なものや相性の良さから、妻以上の女性はこの世にいないと思っている。・・・しかしそんな妻が私を殺そうとしている。

ただ私が実際に浮気をしているとか考えているとかは問題にならないのだろう。問題はそれを妻がどう思っているか、だ。妻が私を疑えばそれだけで十分に動機になる。何かあったか?妻が私を疑うようなきっかけが。

私は仕事帰りに寄り道はしない。真っ直ぐ帰宅する。外泊もない。どんなに遅く帰る時でも必ず電話を入れる。携帯に女性の名前は5人しか入っていない。妻、母親、取引先の女社長(年齢は親子ほど離れている)、それに妻とも親交のある友人2人だけだ。彼女らにも家庭はあるし、数年来の付き合いがあるから、今更男女の関係にはならない。ここ数ヶ月会ってもいない。妻もそれを知っているはずだが。そういう風に疑わしく捉えられるような素振りも見せていないと思う。色々自分で考えられるだけ考えてみたが、女性が原因であるという線は消して考えても良さそうだ。他の原因とは何だろう?

妻が可愛がっていた愛犬のダッシュを私の不注意で死なせてしまった時も、妻は私の事を殺そうとまでは思わなかったに違いない。私はその日の夕暮れ時、ダッシュを連れていつものように散歩に出かけた。そこは見通しの悪い交差点だった。私がそこでダッシュの手綱を放してしまったばっかりに、飛び出したダッシュは法定速度を30km近くオーバーして進入してきた車にはねられてしまったのだ。あの時私は妻にひどく罵られたものだ。しかしそれも1年程前の出来事だ。今更蒸し返してくるような話でもない。それにしてもあの時の妻の目は今思い出しても私の背筋を寒くさせるに足りる。

これも違うとすると、一体何が?別に原因があるのだろうか?それは例えば私ではなく彼女の側に。

例えば金か?私の知らない間に借金を作ったとか。保険金目的。最近どこか保険に加入でもしたか?あれは半年程前、テレビで保険のCMを見た時だったか。「そういえば今日保険屋さんが勧誘に来たけど、話だけでも聞いてみない?」とか藪から棒に言っていたな。「面倒臭いからいいよ。今だって一つ入ってるだろう?それで十分じゃないか」と返してそれっきりになっていたが、あれからどうなったんだろう?

しかしそれが目的なら露骨に殺意を見せるはずがない。保険の話も私に向けてくるはずがない。それでは計画性があまりにも無さ過ぎるではないか。ではこれも違うか。

妻の様子がおかしいと感じた最初の日。私には朝食の食パンを耳の方から先に全て囓り、その後、中の白い柔らかい部分を食べるというクセがある。
「そんなお行儀の悪い食べ方は止めて頂戴!!啓介がマネするでしょ!!」

その日、朝から妻は不機嫌だった。最初は単に「女性特有のあの日」かと思って受け流すつもりだった。私は人生で初めて食パンを口にしてから数十年の間、ほぼ毎朝食パンを食べるのだが、欠かさず耳から食べる。慣習のようなものだ。別に験を担いでいるわけでもない。ただ何となくだ。美味しい部分は後に取っておくという一人っ子特有の癖でもあろうか。自分自身みっともないと思っているので外ではやらないし、そもそも朝食を自宅以外で食べるという事は滅多にないから、その数回さえ我慢して食べれば私はいつものように耳から先に食べる事ができた。

結婚する前から妻はそのクセを重々承知していたはずだ。出会った当初は「おかしい食べ方するわね」と笑って受け入れてすらいたのに、息子の啓介が小学校に上がってからもそれは毎朝続いていたのに、何故今更指摘されねばならぬのか私にはわからなかった。

仕事から帰ってきた私に「おかえり」すら言わなくなったのもここ3ヶ月の話だ。夫婦の間で会話らしい会話が成り立たなくなったのもそれからだ。やがて家族3人揃ってご飯を食べるという事すらなくなった。それは3人同じ時間に揃っていても、だ。正確には私だけが自分の部屋で食べ、妻と啓介はダイニングで食べていた。

啓介には随分と辛い思いをさせていたな。小学5年の年頃でも空気をしっかり読みとっているらしい。親に気を遣うような健気さがあった。はしゃいだり騒いだりする事も無くなった。突然険悪になった夫婦仲は自分が原因じゃないかとすら思っていたのではないだろうか?最近では笑う事も無くなり、自分の部屋に引きこもってジッと我々の様子を伺っている事が多くなった。妻のヒステリーと私の沈黙。啓介の中ではどちらが正義でどちらが悪に映っていただろう?口に出して何か言う事はなく、ただジッと内に溜めているようだった。そこは私似かも知れない。

やがて妻は離婚届を用意してきた。あとは私の自署と判だけだった。来るべきものが来たと思った。しかし私は判を押さなかった。そもそも原因がわからなかったし、一時的なものだと思ったのだ。もう少し冷却期間をおけば以前のような生活が戻ってくる。そう信じていた。

何故妻が啓介を連れて出ていかなかったのかだけは不思議だ。妻の実家は四国にあるが、ご両親の再婚を契機に妻とはすごく仲が悪かった。結婚式には出席されていないし、啓介の顔すらまともに見せていない。であるから妻に帰るべき場所がなかったというのも一因であったかも知れない。そう、妻の帰るべき場所はここしかないのだ。いつそれに気付いてくれるだろうか?

・・・しかし時間が解決してくれる問題ではなく、むしろ時の経過は事態をより深刻にし、遂に最悪の形で破局を迎えようとしていた。せめてもの救いは今日が休日であるから、啓介がまだ起きていないということだ。こんな状況を見られたら、一生心の傷を負って生きていかねばならないだろう。

そして残念な事にようやくわかった殺意の理由は、この危機的状況を打破する糸口には繋がらなかった。