KA.Blog

株式市場で気になる銘柄をピックアップして分析、検証していきます。主に中期~長期の投資で成果を上げ、値動きを追っていく予定です。株の他にも日常の話題やコーナーで綴っていき、むさくるしくない(?)ブログにしていきたいと思っています。

恥ずかしい事を恥ずかし気もなく

父が入院してから改めて人の生き死にについて真剣に考えるようになりました。何も今まで考えていなかったわけではないですが、より現実味を帯びて考えないといけないのだなぁと。そして今まで真剣に考えているようで全然考えていなかったんだなぁとも。

そして当たり前のことですが、人は色々な人に支えられて、そして支えて生きているんだということも。パズルのピースみたいに一つかけるとボロボロと崩れていくことも。

そのピースには特に大した絵はかかれていないかも知れません。青空の一部で青色が塗ってあるだけなのかも知れません。ですがそれがないと絵は完成しません。それに隣接するピースも剥がれやすくなります。

東京駅などで人がたくさん行き交うのを見ると、男の人、女の人、子供、老人、外国人、サラリーマン風の人、遊び人風の人、ヤクザっぽい人、浮浪者っぽい人・・・本当に色々な人がいて、その人その人に繋がっている大切な人はその10倍以上はいるわけで、その大切な人にも勿論大切な人がいて、世界中の人はリンクしているんだなーとか考えてしまいました。

さて、本日は日曜なので小説の日です。先週は急遽お休みいただきまして申し訳ありません。前回までのブログは先々週の日曜のブログ以前をご確認ください。


                         台風一過

第二十二節 変わり行く定義

仕事場に向かうまでの道路は大渋滞だ。公共の交通機関が利用できない以上、皆それぞれの移動手段を講じてそれでも出勤しないと生活できない。やれSOHOだと騒がれた時代もあったようだが、在宅しながら働くという形態は未だ市民権を得ているとは言い難い。

各区画に配置されている警官は、周囲に異変がないか、キャリアがいないか目を光らせながらも、仕事の大半は交通整理に当てられている。超過労働ご苦労様である。ただそれでも渋滞が少しでも緩和されている実感はない。信号が青になった途端、我先に進まないといつまで経っても渋滞から抜け出せないし、後ろにつっかえている人々からもクラクションを鳴らされる。

卵子に向かっていく精子さながら競争社会の縮図だ。そんな状況から目を背けたかったわけでもないが、ふと道路の脇を見ると胸を押さえて具合が悪そうにうずくまっている女性がいる。年は結構いっているようで、中年から初老といったところだろうか。

最初は無視して行こうと思っていた。自分が声をかけなくても誰か声をかけてくれるだろう、警官もあちらこちらにいるわけだし。そういう小市民的な発想で通り過ぎようとしていたが、丁度信号が私の手前で赤に変わってしまった。

しばらく目の前を横断する人々の群れを眺めていた私。間もなく信号が青に変わろうとするその時、ふと先ほどの女性の様子が気になる私。結局誰も声をかける気配もなく、段々不安になってくる私。そして遂には信号待ちしている人々の間隙を縫って女性の傍へと辿り着いた私。

「あのー、どうかしましたか?」
まだ少し気恥ずかしさがあり、何となく小声になってしまった。そのせいもあって、最初はこちらに気づかなかった様子で、若干気まずい空気になってしまった。十秒位の間をおいて、ようやくこちらに苦しそうな顔を向ける。

「えぇ、何とか。ありがとうございます。元々心臓が弱いものですから・・・。しばらく休めば治ると思います。」
そう言ってハンドバッグから薬を取り出し、慣れた感じで飲み干すと地面に座り込んで一息ついた。

「救急車とか呼ばなくて大丈夫ですか?」
「えぇ。どうせ最近は救急車を呼んでも中々来てもらえないでしょうし、病院はどこもいっぱいで、とても診てくれそうにないですから。数日前から予約をとってようやく診て貰えるかどうかというところで・・・」
そうだった。言っても詮無いことであった。どれだけ不況の世の中でも食いっぱぐれることのない医者という職業は、昨今特に需要が旺盛で供給が追いつかない状況だ。どこの病院もさながら野戦病院の様相を呈していた。良い医者を選べる余裕等ない。

薬が効いたのか大分落ち着いたように見えたため、彼女に別れを告げて私は再び渋滞の列に並び直すことにした。一度競争から降りた人間が再びその渦中に飛び込むのは至難の業だ。しばらくは道路の流れに入るのもままならなかった。

それでも9時過ぎには会社に着くことができた。それにしても仕事場は相変わらず殺人的な忙しさである。まだ夏が終わったというには早すぎる。飲料メーカーである我が社はかき入れ時の最後の一滴まで取りこぼすつもりはないようだ。ましてこういう事態になって水道水には何が混ざっているかわからないから各飲料が飛ぶように売れる。ただここだけの話、缶の中に使われている水にウィルスが混入していない保証はどこにもないのだが。

今日も藍は休みのようだ。あれ以来一度も顔を見せていない。今晩位久しぶりに連絡を入れてみるか。ふと藍の席を眺めて思ったのも一瞬。平井に代わる新しい上司に呼ばれた私はすぐに現実世界に呼び戻された。

・・・仕事が終わり帰るのは6時過ぎ。ようやく帰宅の途に付くことになるが、朝のラッシュが進行方向と太陽の位置が変わって再現されるだけだ。当然朝方の女性はもういない。そのまま自分の部屋に帰り着いたのは9時になる前だった。

家の前に辿り着き、ヘルメットをシートの下に入れると、ふいにベビーカーを押す若い女性が近づいてきた。ベビーカーの中からは赤ん坊の激しい泣き声が聞こえる。当然視線はそちらに釘付けとなったが、その理由は大きな違和感があるからだ。

まず何故こんな夜に赤ん坊を連れて出歩いているのか?近頃の若い女性の行動には色々と理解に苦しむ点があるから、そういう意味では異常とは言えないのかも知れない。

他にはベビーカーの中が覗けないようにカバーがかけられている点。中から泣き声が聞こえる以上、ベビーカーの中に赤ん坊がいるのは明白だ。カバーの中でモゾモゾ動いているのも視認できる。何故カバーをかけて赤ん坊を隠しているのか?

そして決定的な違和感はベビーカーから赤黒い血が滴り落ちている点だ。母親であろう彼女はそれに当然気づいているはずだ。気づいているはずだが何もしない。いや、何もしないのではなく、おそらく彼女自身が赤ん坊を傷つけたのだ。何も証拠などない。証拠などないが、彼女の表情が虚ろで目の焦点も合っていないような状態であるから、おそらくキャリアなのだ。

それを認めた瞬間、私は言葉が出なかった。慄然としてただ彼女が通り過ぎるのを見送っただけだ。一定のスピードで彼女は歩く。同じスピードで赤ん坊の泣き声も無情に遠くなっていく。私は我に返ると、ただひたすら夢中で自分の部屋へと続く階段を駆け上がっていた。

玄関の扉を閉め、内側から鍵をかけ、扉に背中を預ける。肺が無限に酸素を要求する。心臓の鼓動は自分で抑えようとしてもしばらく鳴り止まない。地獄絵図だ。この世で最も尊いはずの母性がついにウィルスに負けてしまった。今後このような光景が当たり前になるのだろうか?いい知れない嫌悪感で胃から何かが込み上げてくる感じがする。

藍の声が聞きたい。ただ聞きたい。力が抜けてそれ以外は何もする気が起きない。いい知れぬ脱力感に抗いながら携帯電話のメモリを探る。

プルル・・・プルル・・・
留守電に切り替わりそうになる何コール目かでようやく応答があった。

「もしもし」
「・・・」
「もしもし?」
携帯の向こうからテレビの大音量が聞こえる。ニュースのようだが、何故このような大音量で聞いているのだろうか?そしてこちらの声が聞こえないのか肝心の藍の反応はない。

「藍?」
声を大きくして呼びかけてみたが、返ってきた反応は私を驚かすに十分であった。
「ぅ・・うぅ・・・ああー!!」
「藍?藍?何があった!?どうした!?藍っ!!」

そのうなり声は確かに藍の声だった。今更聞き間違えるはずはない。本来はすぐにでも藍の元へと駆けつけなければいけないはずであるが、先ほどの光景が頭から離れず、自分の足を思い通りにコントロールするにはもう少し時間が必要のようであった。(つづく)