KA.Blog

株式市場で気になる銘柄をピックアップして分析、検証していきます。主に中期~長期の投資で成果を上げ、値動きを追っていく予定です。株の他にも日常の話題やコーナーで綴っていき、むさくるしくない(?)ブログにしていきたいと思っています。

あれから10年

オウム真理教松本智津夫被告の死刑が確定しました。あのサリン事件からはや10年。ようやく一連の事件から一つの決着がつこうとしています。

当時私は大学に合格し、丁度関東へ向かう時に発生した事件でした。「オウム真理教が水道局に毒を流すかも知れない」という噂が流れ、親元を離れて寮生活を始めた私にいきなりテロの恐怖を感じさせる出来事になったのです。

今朝の報道番組でもサリン事件を振り返る特集をやっていました。未だにサリンの被害に苦しんで、寝たきりになったりPTSDになったりと普通の生活を取り戻す事ができない人たちがたくさんおられました。「松本死刑囚はそこで終わりだが、家族の苦しみは未だ続く」とおっしゃられた被害者家族の方の発言が印象に残りました。

今回私は小説で弁護士が主役の話を書いていますが、オウム真理教に関連して坂本弁護士一家が教団によって殺されるという事件が起きています。教団の身勝手な意図により一家が惨殺されたという誠に腹立たしい事件ですが、坂本弁護士は自己の正義を貫くために信念を持って行動した素晴らしい弁護士だったと思います。ご冥福を重ねてお祈り致します。

さて、本日は日曜ですので小説の日です。前回までの分は毎週日曜のブログを参照してください。


※この作品はフィクションであり、実在する、人物・施設・団体とは一切関係ありません。

     正義のみかた

第十一章 黒い隙間

裁判までの間、私は必要書類の作成、提出、事務所内の弁護士との会議により裁判の段取りの設定、作戦等を決定していた。同時に他の案件も数件抱えているため、そちらの準備も疎かにできない。ちなみに他には某大企業が基準値以上の有毒物質を工場から垂れ流しにしていた事件と、比較的簡単な交通事故に係わる示談の話が2件。特に前者は専門的な知識をある程度こちらも認識する必要があり結構手強い。学生の時分には物理が大の苦手だったのに・・・

会議を終了し皆がデスクにぞろぞろ戻って行く中、不意に私を呼ぶ声に顔を上げた。所内のベテラン熊山さんだ。

熊山巌さん58歳。私が生まれる前から弁護士を生業としていた大ベテランだ。そもそもこの事務所は当初私の父と熊山さんの二人でスタートし、現在のような所帯となった。そんな私は仕事の面では父よりも熊山さんに相談する事もあるし、子供の頃から良く知っているわけで、いわば第二の父親のような存在だ。「熊さん」と親しみを込めて呼んでいる。外見はひょろっと線の細い大学教授のような容姿で、名前とはなかなか結びつかない。「熊山巌」と聞くと皆溝口刑事のような人を連想するだろう。

「やぁ、今回も色々大変だね」
少しゆっくりとした口調で話すのが熊さんの特徴だ。裁判でものらりくらりと答弁しているようだが、それでいて要点は外さない。実はそれが熊さんのテクニックでもあるのだ。
「そうですね、特にこの一件は特別ですから」
「そうだね、洋子さんの件に重なる部分が多いから。そうか、あれからもう7年も経つんだなぁ」
少し感慨深げに遠い目をする。熊さんには公私共にお世話になっており、私と洋子の結婚の際には仲人も務めてもらった。洋子も実の娘のように可愛がってもらっていた。それ故、洋子が殺されてから数日、熊さんもしばらく元気がなかった。

「でも小山君の件は引き受けた以上、特別な感情を抱いてはダメだよ。彼は洋子さんを殺した犯人じゃないからね」
「えぇ、わかっています。でも熊さんがそうおっしゃるのは、私の様子がいつもと違うように見えるからですか?」
「うーん、なんていうかな。事件に関係のない部分まで首を突っ込もうとしていないかい?我々の仕事は、まあ今更君に言うのも釈迦に説法だが、客観性が重要だからね。あまり深く関わり過ぎると客観性や冷静さを失って大局を見失いかねないよ」
「大局ですか・・・」
少し自失した私は語尾を意味もなく繰り返すだけだった。

私は少なくとも今回の件を特別視しないよう、そして自分自身なるべく表に出さないよう努力しているつもりだ。しかしそこは熊さんの目はごまかせないといったところか。私の心のわずかな隙間を見抜いてくる。原因は自分でもやはりわかっていた。

私の事件の場合、当時の少年法に阻まれ、私は被害者でありながら加害者少年の情報をほとんど得ることができなかった。勿論彼と直接会話する事も許されない。そんな私が7年の時を経て、今ようやく少年と対峙する事ができたのだ。ようやく少年の本質、本音を知る事ができる機会を得たのだ。

無論敦君が私の愛する妻娘を殺したわけではない。あくまで境遇が似ただけの他人だ。だがその境遇は似過ぎている。似過ぎているが故に心の中にある種の憎しみが芽生えているのも否定できない。彼は母親と似ているから若葉さんを狙ったといった。似ているから憎む。負の部分で私と敦君は共通点を持っていた。

「人事を尽くして天命を待つ。されど人事を尽くさねば天命も下らない」
熊さんの口癖だ。そしてそれはそのまま熊さんのポリシーでもある。昔から良く聞かされる。できる限りの事をしっかりやらないと良い結果も生まれようがないということだ。

「毎回ありがとうございます。熊さんにしてみれば私はいつまでも半人前のひよっこですか」
「いやいや、そんなことはない。お父さんに負けない位に堂々としたものだよ」
私も熊さんも言葉に嫌みはない。熊さんは私の尊敬する人物の一人だ。イギリスの有名なカラン弁護士に匹敵する、いやそれ以上に頼りがいのある人だ。そんな人と一緒に仕事ができる事を誇りに思っている。

それから私は残っていた仕事を一つ一つやっつけた。そうこうしている間に陽はすっかり落ち、そろそろ帰宅しようとしていた私に一本の電話が入って来た。それは福岡少年鑑別所の菊池所長からの電話だった。
「小山敦が他の少年二人と一緒に鑑別所から逃走しました。弁護士さんの所に何か連絡はいってませんでしょうか?」
突然の事に私は一瞬言葉が出なかった。事態は思わぬ方向に動き出した。人間の想像力には限界があると思い知らされた出来事であった。